おいしくて、安心して食べてもらえるものを作りたい。この思いを実践しているのは、広島県廿日市市で「はつはな果蜂園」を営む松原秀樹さんです。冬期は柑橘の収穫と出荷、夏期はミツバチを飼育してハチミツを収穫します。蜜源植物が自生する宮島の原始林や自身の柑橘農園にミツバチの巣箱を置くなど、蜜源にもこだわり、採れたハチミツは養蜂場ごとに分けて販売するほか、サイダーやあめ、レモンカードに加工。自信を持って薦められる食べ物を消費者に届けています。
幼い頃から昆虫や自然に親しんで育った松原さんは大学卒業後、東京でIT企業に就職しました。農業への憧れもあって、週末には神奈川県で援農ボランティアをしていましたが、農家の高齢化や食の安全性など、農業を取り巻く課題に直面し、就農への思いを強くしていました。そうした中、東日本大震災を経験。故郷の広島で、農業をゼロから始める決意をしました。当初は、柑橘栽培で生計を立てるつもりでしたが、農作業が冬に集中し、夏は収入が見込めないことから、ミカンを蜜源にする養蜂に着目。営農ボランティアをしながら養蜂を学んだ経験を活かして2015年、柑橘と養蜂の“二刀流”にシフトチェンジしました。
1年目は柑橘栽培に加えて、ミツバチの巣箱20箱を用意。自身のミカン農園に置いたところ、300キロのハチミツが収穫できました。ミカンのハチミツは香りも良く、おいしいので蜜源としては有望ですが、農園だけでは収穫量が少ないため、宮島や江田島、広島市内など、ミツバチが活動しやすい場所を選んで養蜂を広げました。始めた頃は、ミツバチが分蜂してしまったり、ダニにやられたり、失敗もありましたが、経験の積み重ねやITの活用などで飼育技術が安定。今では巣箱50箱でハチミツ2トンを収穫するまでになりました。
ハチミツは、蜜源によって味も香りも異なります。厳島神社で知られる世界遺産の宮島には、原生林にコジイやソヨゴ、サカキなどの蜜源植物が自生し、他にはないハチミツが採れるそうです。その違いを伝えようと、養蜂場別に瓶に詰めて販売するほか、地元の食品メーカーと共同で自家製レモンとハチミツを組み合わせてサイダーやレモンカードなど商品化も進め、地元の宿泊施設や土産物店、インターネットで売っています。
「ハチミツには、地域のテロワールが映されるので、柑橘やハチミツを通じて、その土地の物語も届けたい」と話す松原さん。農園や養蜂場の見学も受け入れるなど、二刀流に磨きがかかります。