名もなき人たちの食と声
『聞き書 京都の食事』

平野さん(以下 ひ )
姜さんが選ばれた本、どれも気になるんですけど、『聞き書 京都の食事』は特別な食事の話ではなくて、あるひとつの時代の暮らしを記述していくような試みなんですよね。
姜さん(以下 か )
そうです。このシリーズが編まれることになったのが1980年代で。農林漁業と食がちゃんと結びついた場や行事がこのままでは失われてしまうという当時の危機感から、47都道府県350余地域の約5000人のおばあさんに話を聞いて、長い年月をかけてつくられた本なんですね。
ひ
はぁ、すごい。
か
カラー写真も豊富で、重箱のおはぎとか、いかにも手慣れた感じで過不足なくぴったり詰められているんです。
ひ
暮らしのなかで見出されてきた美意識ですね。
か
そう、この写真を見てるだけでも価値があると思います。だけど、はたして自分がこのおばあさんの世代になった時に、こういう本がつくれるだろうか、話すべきことが何もないんじゃないかなと思ってしまいます。
ひ
その本で取材対象になってるのは、歴史に名を残す人じゃなくて、名もなき人たちのサイレントフードですよね。LAのフードライターのジョナサン・ゴールドが、〝千のレストランには千通りの偉大さがある〟という言葉を残してるんですけど、それぞれの人生、それぞれの店にそれぞれのよさと価値があるというその視点がかっこいいと思うんです。きっと取材されたおばあさん達も〝こんなこと取材して何になるの?〟と謙遜されたでしょうけど、それがまたすばらしいし、これを残してくれてありがとうって思います。
か
平野さんの話を聞いていると、私の世代にもサイレントフードがあるんじゃないかと思えてきました。
ひ
そうですよ。絶対にそこには価値があって、それが知らないうちに消えてしまうことこそが悲しい気がします。