空想的に見える料理も
もう手の届くところにある
表紙に写るのは、おつゆの球体にアサリと三つ葉の具が入った「お吸い物球体」。他にも「飲むポテトサラダ」「耐熱ゼリー天ぷら」「エアあんみつ」など、『分子調理の日本食』で紹介されるのは、SF映画もかくやという日本食だ。けど、この本が面白いのはすべてに詳細なレシピが付いているところ。未来や空想じゃなく、今、実際に実現できる料理ばかりなのだ。
「家庭にまだ遠心分離機はないでしょうけど、あえてレシピ本の体裁をとりました。ファンタジーに見える料理だとしても、その背景にある技術を伝えつつ、みなさんに自分事として捉えていただきたかったので」
肉に火を通す行為ひとつとっても科学で説明できる。が、料理と科学を結びつけて語ることへの抵抗感は意外に根強い。それがエスプーマや液体窒素、3Dフードプリンターとなればなおさら。だけど、あらためて台所を見渡してみてほしい。缶詰、レトルト、電子レンジ、ステンレス製のカトラリーまで、今や当たり前という顔で並ぶそれらはある時代の最新技術なのだ。
「培養肉のような食にまつわる新しいテクノロジーには期待感の一方で、不安や疑問が大きいのもよくわかります。ただ、テクノロジー自体は悪でも善でもないので、技術の進化に対して食の倫理の議論がまだ追いついてないということ。人間というのはその雑食性で生存確率を高めてきたのですが、未知のものを食べたいという積極性と、それを躊躇するという相矛盾する行動原理があって、そのジレンマを解消してきたのが調理という行為なんです」