ニッポンの食について
考えたくなる本と映画。

インタビュー

新しいテクノロジーがもたらす
未来の「食」の風景!?

身近な日本食を最新の科学的知見と技術によって、
誰も見たことのない空想的料理として実現した『分子調理の日本食』。
この著者のひとりで分子調理研究会代表も務める石川伸一先生は、
未来の食をどう捉えているだろう。

石川伸一さんの関わる書籍。『分子調理の日本食』(オライリー・ジャパン ※石川繭子、桑原明との共著)、『「食べること」の進化史』(光文社新書)、『料理と科学のおいしい出会い』(DOJIN文庫)、『「もしも」に備える食』(清流出版 ※今泉マユ子との共著)、『食の科学 美食を求める人類の旅』(ニュートンプレス ※ガイ・クロスビー 著、石川伸一 監訳)

宮城大学食産業学群教授

石川伸一いしかわ・しんいち

1973年生まれ。宮城大学食産業学群教授。専門は分子調理学。仕事の指針になっている本は、J・D・バナールの書いた『肉体、宇宙、悪魔』(みすず書房)。

石川伸一

空想的に見える料理も
もう手の届くところにある

表紙に写るのは、おつゆの球体にアサリと三つ葉の具が入った「お吸い物球体」。他にも「飲むポテトサラダ」「耐熱ゼリー天ぷら」「エアあんみつ」など、『分子調理の日本食』で紹介されるのは、SF映画もかくやという日本食だ。けど、この本が面白いのはすべてに詳細なレシピが付いているところ。未来や空想じゃなく、今、実際に実現できる料理ばかりなのだ。

「家庭にまだ遠心分離機はないでしょうけど、あえてレシピ本の体裁をとりました。ファンタジーに見える料理だとしても、その背景にある技術を伝えつつ、みなさんに自分事として捉えていただきたかったので」

肉に火を通す行為ひとつとっても科学で説明できる。が、料理と科学を結びつけて語ることへの抵抗感は意外に根強い。それがエスプーマや液体窒素、3Dフードプリンターとなればなおさら。だけど、あらためて台所を見渡してみてほしい。缶詰、レトルト、電子レンジ、ステンレス製のカトラリーまで、今や当たり前という顔で並ぶそれらはある時代の最新技術なのだ。

「培養肉のような食にまつわる新しいテクノロジーには期待感の一方で、不安や疑問が大きいのもよくわかります。ただ、テクノロジー自体は悪でも善でもないので、技術の進化に対して食の倫理の議論がまだ追いついてないということ。人間というのはその雑食性で生存確率を高めてきたのですが、未知のものを食べたいという積極性と、それを躊躇するという相矛盾する行動原理があって、そのジレンマを解消してきたのが調理という行為なんです」

おいしさ弱者を生み出さない
そのための想像力

そもそも石川さんは鶏卵の栄養に関する研究を行っていたが、2011年仙台で被災。スーパーで食料品が軒並み売り切れる中、健康食品だけが売れ残る様子を目にして、自分がやってきたのは非常時に役立たない研究だったのかと落ち込んだという。

「震災後に私が切実に欲していたのは、普段の食べ慣れた平凡な料理、おいしい食事でした。つらい状況で未来に目を向けることが希望につながるという体験もしました。それ以降、災害食や病院食、嚥下が困難な食事をとらざるをえない高齢者といった〝おいしさ弱者〟を、私は研究の柱に据えています。おいしさって些細なことかもしれない。けど、社会ひとりひとりのおいしいという感情を高めていくことが大事だと感じています」

つまり、『分子調理の日本食』の中で紹介されているような見たことのない料理と同時に、おいしい災害食や高齢者のおいしい日常食を実現させるのも、最新のテクノロジーがもたらす未来の食の風景として想像してみること。終わりの見えないコロナ禍が続く中、食をとりまく状況も知れば知るほど課題が山積みだ。たとえそうだとしても、だからこそ。

「私の個人的な思いとしては、自分が子どもの頃、アニメとかを見て未来に希望を持っていたように、今の子どもたちにその気持ちを返したい。新しい世界を切り拓く可能性を提示する役割を担いたいんです。ただ、まずはどんな形であれ食に興味を持ってもらえればそれでいい。食に関心がないのが一番問題だと思っていますので」

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