『ケーキケーキケーキ』の内容を簡単に説明します。本作は、3人姉妹の末っ子で、取り立てて得意なことはないけれど、お菓子を食べることが大好きなカナという女の子が主人公です。ミュージカル仕立てのかわいい表現で物語が進んでいくんですが、画面を盛り上げる小道具として、お菓子がたびたび登場します。お菓子が「かわいい」を演出する小道具として描かれるーー第一のポイントだと思います。
そして、この作品は「職人」を描くマンガでもあります。カナはあることをきっかけに、パリに留学してフランス菓子職人を目指しますが、その道は決して優しくない。弟子入りを希望した店で「女は長い髪をしてる」「結婚という逃げ場もある」など言われ、門前払いを食らいます。その言葉を受けて、カナは長い髪をばっさり切り、本気で菓子職人の道を目指す決意を見せるんですね。料理や食を通して、女性の自己実現、自立が描かれるーー第二のポイントです。
カナの根性と才能を認めた師匠のおやじさんは、カナがかつて憧れた天才菓子職人アルベールのお父さんでした。おやじさんは、カナに亡き息子・アルベールの姿を重ね、技を伝授していきます。次第に二人は家族のような絆を築いていきます。――それが第三のポイント。
このポイントをおさえて、その後の少女マンガで料理・食がいかに描かれたかを説明したいと思いますが、その前に、『ケーキケーキケーキ』以前の少女マンガで食がどう描かれていたかについても少しだけ触れておきます。たとえば、1963年に連載された『ユキの太陽』(ちばてつや)のワンシーン。主人公が育った孤児院の食事の様子が描かれています。この食事シーンで孤児院がどんなところか、一目で想像できますね。また、1959~1970年に連載された『チャコちゃん日記』(今村洋子)では、食事シーンから、主人公が中流家庭の娘さんであることがうかがえます。つまり、登場人物の暮らしぶりを伝えるための一要素として食が描かれていることがありました。また、1970年以前の少女マンガの食のシーンで注目してほしい場面として、「ティータイム」があります。例として1960~1963年に連載された「マキの口笛」(牧美也子)を挙げると、本作には西洋風のキッチンや食器、そして、おしゃれなママとのティータイムが描かれています。憧れた読者はとても多かったと思います。こうした世界観はその後も受け継がれ、『ケーキケーキケーキ』もそうですが、「お菓子」が「かわいい」の小道具として描かれるようになった流れを作ったのではないかと思います。
「かわいい」を演出する小道具としてのお菓子
日本のティータイム文化発展には少女マンガの影響が強いと私は考えます。特に1970年代以降、陸奥A子先生、太刀掛秀子先生、田淵由美子先生などの「乙女ちっくマンガ」と呼ばれる作品郡の貢献は改めて取り上げるべきかなと。これらの作品には、喫茶店で飲むクリームソーダ、リボンや包装紙でラッピングされた手作りのお菓子など、ティータイムが「かわいい」を演出する小道具としてたびたび描かれました。また、『マルメロ・ジャムをひとすくい』(田渕由美子)のように、タイトルにお菓子の名前が入った作品もたくさん登場します。洋風のお菓子や飲み物、食器類への憧れが、物語をおしゃれに演出していました。また、「乙女ちっくマンガ」には分類されない作家さんではありますが、大島弓子についても言及しておきたいです。大島弓子は、『バナナブレッドのプディング』など、タイトルやセリフにお菓子や果物の名前をたびたび使った作家さんです。しかし、マンガの中に食シーンが多数登場するわけではないんですね。でも、「お菓子」が作品をセンスよく演出する小道具として効いている。「乙女ちっくマンガ」のような可愛さがあるのに、描いている内容自体はシビアなものが多い。このミスマッチが大島作品の魅力の1つですね。大島作品に影響を受けた料理研究家もいて、お菓子研究家の福田里香さんは自著『まんがキッチン』などでも語っています。
食を通して「幸せ」とはなにかを描く
1980年代から90年代には、『美味しんぼ』『クッキングパパ』(うえやまとち)などの登場で、食マンガが一大ジャンルと化していきます。少女マンガも無関係ではなく、1987年に始まった『ゆめ色クッキング』(くりた陸)や、1993年に連載を開始した『おいしい関係』(槇村さとる)など、常人離れした味覚を持つ少女が料理の才能を開花させ……といったお話が登場しました。それらは平凡だった少女の自己実現、あるいは自立の物語でもありました。料理自体も詳細に描かれるようになります。どんな食材を使い、どんな調理方法で、味はどんなか?食感は?など、少女マンガの食がよりリアルに描かれるようになります。憧れの世界だけではない、現実を見つめる。よりリアルな少女像が描かれていく流れともリンクしているかもしれません。
さらに2000年代に入ると、『孤独のグルメ』(原作・久住昌之 作画・谷口ジロー)に代表される「食べるだけ」のマンガ、「食べ歩きマンガ」が流行しますが、少女マンガでも「食べること」を中心に据えた作品が出てきます。たとえば、2005年に発表された『女の子の食卓』(志村志保子)は、様々な食べ物を軸に友情・恋愛・家族のあり方を一話完結で描いています。「食べること」が人の絆を作るというお話が増えていきます。
食を通して、家族や女性の在り方を描く
現在、食のシーンを丹念に描くことで家族のあり方、女性の生き方を表現するマンガ家はたくさんいます。たとえば、少女マンガの遺伝子を受け継ぐマンガ家だと、羽海野チカやコナリミサト、渡辺ペコなどなど……。少女マンガ誌に活躍の場を限定しない、ボーダレスな活躍をする女性マンガ家も今では当たり前になりました。女性のエンパワメントになるような食マンガも多数出てきています。
2021年に発表された『今夜すきやきだよ』(谷口菜津子)は、独身女性2人の同居物語ですが、片方が彼氏からプロポーズされたことで互いに普通の結婚とは何かを考えるようになります。夫婦別姓といったリアルな問題も描かれますが、作中においしそうな料理が描かれているのが、いい緩衝材に。食を通して、「枠にとらわれない家族像」が描かれます。
また、2020年から現在も連載中の、『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ)も紹介したい最近の一作です。女性が「料理好き」と言うと、悪気なく「いいお母さんになる」と言われることがありますが、本作の主人公はそれを「自分のために好きでやってるもんを『全部男のため』に回収されるのつれ~な~」と嘆きます。しかし、近所に住む大食いの女性・春日さんと仲良くなり、一緒にごはんを食べるようになってから、生きづらさを感じていた彼女は救われていきます。また、この作品は、春日さんが大きな口をあけて、ばくばくと食べるシーンが見どころですが、それらのシーンに改めて注目してほしいです。2000年代、食マンガブームが起きた際、女の子がご飯をたくさん食べる作品はたくさん登場しましたが、それらはどれもどこかエロティックで。しかし、春日さんの食べるシーンはそうした表現と結びついていません。本作のような作品が出てきたことに時代の変化を感じます。令和に読むべき食マンガです。