「餃子はもう鍋の中にある」。これはウォン・カーウァイ監督の映画『グランド・マスター』でチャン・ツィイー演じる女カンフーマスターが敵に投げつける台詞だ。大晦日の夜の駅。〝正月料理の準備はもう始まっている時間だけど、あなたは無事に家に帰れる?〟という挑発の台詞。一度使ってみたいが使うシチュエーションがいまだ思い浮かばない台詞だ。舞台は1930年代で南北に割れていた中国のカンフー界が対立する話である。中国は南北でカンフーも食文化も違うのだ。
中国の北部由来の餃子は、満州からの引揚者たちによって日本で普及し独自進化を遂げた。そんな東アジアの餃子普及史を題材にした蜂須賀敬明の小説『焼餃子』は、壮大な〝フードフィクション〟の傑作。イチオシ。
さて、舶来の料理が独自進化すると、なぜか国民食となる。伝統食とも主食とも違っているのがおもしろいところ。
イギリスの国民食はフィッシュ・アンド・チップス。『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』を読むと、元々19世紀の移民の食べ物が由来で、20世紀後半になり英国らしい料理として認知されていったとわかる。
アメリカの国民食は何か。ハンバーガー? いや、BBQ。映画研究者の三浦哲哉が1年間のLA暮らしを綴った『LAフード・ダイアリー』を読むと、アメリカ人にとってのBBQが特別な料理だとわかる。賃貸のアパートにも共同BBQスペースがある話に驚く。BBQリパブリックとでもいうか。
映画『ワイルド・スピード』もシリーズ当初はカーマニア映画だったが、今は完全にBBQ映画。主人公のドミニクは、毎度BBQの冒頭で神に祈りを捧げ、コロナビールでファミリーと乾杯する。最新作『~ジェットブレイク』でもBBQシーンが見もの。
国民食、ソウルフードは、移民文化、多文化共生と結びついて生まれる。そして、「餃子はもう鍋の中にある」ものなのだ。脈絡なく名言風に使用してみた。